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広島アンデルセンの建物の歴史

人通りのたえない広島市の本通商店街にたたずむ「広島アンデルセン」。
原爆投下20年前の1925年、三井銀行広島支店として新築されたこの建物は、天窓から外光が差し込む吹き抜けの周囲に中2階の回廊がある、ルネッサンス様式の美しい建物。
アーチ窓を配した重厚な外壁は被爆を経てなお生き残り、1967年にベーカリーとして生まれ変わりました。
そして今、「パンからはじまる、ヒュッゲな暮らし。」をこの建物からお届けしています。

建物の軌跡

1925年2月

旧三井銀行広島支店として竣工

ルネッサンス様式を基調に、正面玄関には上下に異なる柱頭(1階はドーリア式,2階はコリント式)がついた丸い石柱、開口部はアーチ型をはさんでパラディアンウインドーと呼ばれる3連の矩形窓を配置。外壁は岡山産万成石(花崗岩)、内部はイタリア産大理石が使われていました。

  • ・設計 工学博士 長野宇平治事務所
  • ・施工 合名会社 竹中工務店
1943年

帝国銀行広島支店となり、1945年8月被爆

爆心地から東方360mに位置し、爆風によって大破、さらに火災によって全焼。爆心側の西壁は大半が崩壊し、北壁は亀裂を生じ屋根の半分が落下。この建物の破壊が徹底的であり印象的であったため、一時は、被爆地ヒロシマの象徴としてこの建物を残すか、産業奨励館(現原爆ドーム)を残すかの議論が交わされました。

1950年

建物は修復され、別の場所で仮営業していた帝国銀行が復帰。

  • ・ 店舗改修計画 山下寿朗設計事務所
  • ・ 施工 藤田組
1954年

帝国銀行は行名を三井銀行に戻し、1962年までこの場所で営業。建物の老朽化により移転。その後この建物は、広島銀行を経て、農林中央金庫広島支所に。

1967年

(株)タカキベーカリー、農林中央金庫広島支所より建物を購入

建物を買い取ったもののどう使うかに迷い、創業者・高木俊介夫妻が訪欧。
ローマ、ミラノ、チューリッヒをまわり、ローマで菓子メーカーの大型店舗「モッタ」「アレマニア」が歴史的な堂々とした建物の中で、非常に現代的な新しい感覚の商売をしているのを目の当たりにしました。旧いものを大切に生かし、その雰囲気の中から新しいものを育てている有様に感動した二人は、旧三井銀行広島支店の旧い建物をそのまま継いで、北欧を基調にした「アンデルセン」を創ろうと決意しました。

1967年10月

広島アンデルセン オープン

正面の柱を除去し、北東部・北西部に入り口を新設。
吹き抜けの2階部分をレストランとして活用。被爆にも耐えた金庫室は扉を撤去しそのまま、パン製造のための冷蔵庫として利用していました。

  • ・設計・施工 大成建設(株)広島支店
1978年10月

増改築によるリニューアルオープン

「すてきに生きたいひとのためのアンデルセン」をコンセプトに、敷地南側に地下2階、地上8階建ての新館を建て、階高の高い旧館と新館の間を巧みにつなぎ合わせることにより一体化。
ショッピングフロアから、レストラン、パーティ会場までを備え、日常の食卓づくりから結婚式まで、パンのある暮らしをトータルでご提案する広島アンデルセンが誕生しました。

  • ・ コンセプトデザイン ジョセフ・バウム氏
  • ・ 内装デザイン フィリップ・ジョージ氏
  • ・ (株)広島建築綜合設計
  • ・ 施工 大成建設(株)広島支店

その後、1988年の内装リニューアル、2002年には被爆建物部分の耐震補強および全館改装を行いましたが、2016年1月に老朽化のため営業を休止。2020年度以降のオープンに向けて改築を検討しています。

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